scent of memory

僕は先生でもないし、最初から「正しさ」もない

第三章 ファフロツキーズの夢

 何のために勉強するのか、どうして勉強しなければならないのか、中学生にようやくなれた頃の私は、時々そう考えることがあった。しかし、私の場合はすでに将来の夢は定まっていたし、他の人と比べると学ぶことに目的を持っていた。それは、小学校の卒業文集に
「僕の将来の夢は、薬剤師か学校の先生になることです。」
と書いていたくらいだ。しかし、それは遠い遠い将来のこと。当時12歳の私は、10年・20年先のことなど、とても遠い未来であると感じていた。ぼんやりとした将来の夢はあるものの、中学で学んでいる内容は、薬に関することでもないし、大部分が薬剤師になるために必要なことでもない。結局は将来の夢がいずれ変わってしまうのだろう。中学生になった私はそう感じていたのである。

 

 

 

 中学校には小学校にはなかった定期テストというものがある。どちらかと言えばテストで点を取れた方が良いし、勉強できた方がいい。そう思っているうちに、高校生になった。

 3歳の時に花粉症を発症した私は、これまでアレルギーを抑える抗ヒスタミン薬を飲んでいた。花粉症の時期は夜になると、それまでに抑え込んでいた花粉がすべて出てくるかのようにアレルギー症状が出てくる。中学では野球部で、マスクをしながら部活動を行なっていたが、家に帰ると苦しくて毎日のように泣いていた。重症花粉症である。そのような生活を送っていくうちに「薬」というものが魔法のように思えた。そうして私の将来の夢は「薬剤師」に定まった。
 

 

 


 薬学部を受験するためには高校で、化学という教科を勉強する必要があることを知った。そこで初めて「何のために勉強するのか」、「どうして勉強しなければならないのか」その答えを見つけることができたのである。しかし、化学を勉強するうちに、暗記することが大の苦手である私が、化学は暗記科目であるという壁にぶつかった。何もぜずに暗記をすることは到底叶わない。ファフロツキーズのように、天から知識の雨が降り、楽をして暗記できないものか。どうすれば暗記から逃げることはできるのか。そう考えていた時である。

「逃げることにも勇気がいるんだよ」

これは、小説『ふたご』(文藝春秋) の一説である。月島(深瀬)が高校にやる気や目的を見出せず、中退を決意した時に夏子(彩織)に言った言葉である。

「高校に行ってもやる気がないし、つまらないんだよ」
「頑張れた方がいいに決まってるじゃないか」

この月島の言葉をはっきりと思い出した。確かに暗記をして『頑張った方』がいい。しかし、暗記に関しては『やる気がないし、つまらない』と思っていた。そして、僕は『逃げる』という決断をした。

 実は、この考え方をしたおかげで化学という教科がとても楽になった。それをここで示すことにする。

 

 

・化学といえば化学反応
・物理系化学といえばエネルギー
・生物系化学といえば、生物は楽をしたがる?

 

 

①物質の状態

 

 まず、H₂O は氷・水・水蒸気という三つの状態がある。この自然界で最も多く存在している状態はなんだろうか。容易に水とわかるだろう。これは、この自然界の常温で存在できる状態が、水であるということである。つまり、自然界で安定して存在できる物質が、化学反応に使うことのできる物質ということである。
 

 次に、水を水蒸気にするためにはどうしたらいいだろうか。熱を加えて沸騰させるということもわかるだろう。安定な水にエネルギー(熱)を加えて水蒸気にする。つまり、水蒸気は水よりもエネルギーが大きいのである。

 

 最後に、氷をどうしたら水にすることができるだろうか。温めれば容易に氷は溶けることは理解できるだろう。つまり、水は、氷よりエネルギーが大きいことがわかる。

 

 以上のことを「エネルギー図」を使ってまとめる。このエネルギー図というのは、上に行けば行くほどその物質が持っているエネルギーが高いことを表している。つまり、一番下にある物質が一番安定である。しかし、氷は自然界では水になってしまうため、水が化学反応に使われるということは理解できただろうか。

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H₂Oの状態を表すエネルギー図

・物質は特有のエネルギーを持っていること

・固体<液体<気体の順にエネルギーが大きくなること

 

以上の二点が理解できれば良いだろう。

 

 

 

②化学反応の進む方向

 

さて、いよいよ化学らしくなっていくが、以下の化学反応式について考える。

 

  HCl + NaOH → H₂O + NaCl

 

これは中学の理科でも見る化学反応式だが、とても重要であるので、以下のことを理解するようにしてほしい。

この反応は、塩酸に水酸化ナトリウム水溶液を加えると、水と塩化ナトリウムが生成する中和反応である。ただし、塩化ナトリウムは水溶液中なので、ナトリウムイオンと塩化物イオンに電離している。

  NaCl → Na + Cl

一見すると単純で、既に理解しているように見えるが、この質問に答えて欲しい。

 

問題:塩酸、水酸化ナトリウム、水、ナトリウムイオン、塩化物イオンのなかで、安定なものと不安定なものにそれぞれ区別しなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答え:

 

  

 

   安定なもの :水、ナトリウムイオン、塩化物イオン

   不安定なもの:塩酸、水酸化ナトリウム

 

 

 

 

理由は単純である。

自然界に存在するかしないか。単純にこれだけで安定か不安定かが決まる。海水をイメージすれば一目瞭然だろう。この反応

  HCl + NaOH → H₂O + NaCl

は矢印が右向きにしか向いてないので、そこからもわかるだろう。つまり、生成物の方が安定である。故にエネルギーが小さいということを示している。海水が左向きの反応になることは考えられないように、右向きの反応しか進まず、一方通行な反応のことを、「不可逆反応」という。この反応のエネルギー図を以下に示す。

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HCl + NaOH → H₂O + NaCl

このエネルギー図を見ると、エネルギーが高い物質からエネルギーが低い物質に変化していることがわかる。さて、このエネルギーの差額はどこへ行ったのだろうか。答えは溶媒中に熱として放出されたのである。つまり、この反応では熱が外界へ逃げているので「発熱反応」であるということがわかるだろうか。同様に、この赤い矢印が上を向いていればこの反応は「吸熱反応」ということになる。

 

・エネルギー図の一番下の(低い)物質が最も安定な物質である

・化学反応はエネルギーの小さい方向(安定な物質)へ進む

 

以上の二点が理解できれば良いだろう。

全ての化学反応で同様のことが言える。これを考えれば化学の暗記魔から逃れられるだろう。

 

 

 

 最後に、高いところにあるものは重力に逆らっているので不安定と考えれば、滝のように低いところに流れ落ちる、つまり位置エネルギーが低い方に進んでいる。人間も、しなければならないことがあるときに楽に楽にしようとすることを考えてしまうだろう。これも同じようにエネルギーの低い方向に進むというのが自然のルールである。以下に活性化エネルギーと書いてあるが、自然に起こる反応でも、壁が立ちはだかっている。この壁(活性化エネルギー)を乗り越えて物質は変化するのである。

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HCl + NaOH → H₂O + NaCl の活性化エネルギー

 

 私たちも変わろうとするときは、最初の一歩を踏み出している。

 

「原動力」を糧に、どんな壁にも屈しない偉大な力を手に入れることができるだろう。

 

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FAFROTSKIES

sekainoowari.jp より

ファフロツキーズ

一定範囲に多数の物体が落下する現象のうち、雨・雪・黄砂・隕石のようなよく知られた原因によるものを除く「その場にあるはずのないもの」が空から降ってくる現象を指す。